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2012年9月22日 (土)

小平の樹林墓地と玉川上水清流の復活

お彼岸ですので、お墓の話からスタートです。

小平には65haもの広さがある「都立小平霊園」があり、この時期には墓参りに来る車により、近隣の道路が混みあうほどです。

混みあう彼岸の入り前に行ってみました。

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車での出入り口は小平駅側のここだけです。

(春秋の彼岸中の土日は、渋滞緩和のため、下の写真の新青梅街道側の出入り口も自動車が通行できます。普段はこのように車止めがあります。)

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霊園内は、通りぬけする車がなく、一方、自転車や歩行者は通り抜け可能なため、散歩やジョギングしている人も多く、公園のような雰囲気です。

都でも公園緑地部の所管ですし、公益財団法人東京都公園協会に管理委託されています。

新青梅街道側から入ってすぐの「さいかち窪」のある雑木林は緑がうっそうとし、セミの声がうるさく聞こえるほどです。

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ちなみにここは黒目川の源泉として冬に訪れましたが、夏と冬では違うところのようです。

木が多く、通路も木に覆われています。

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一般墓地のほか、芝生墓地もあります。

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1か月ほど前に新聞で見ましたが、ここ小平霊園は都立霊園では初めて「樹林墓地」が作られ、第1回めの抽選を行ったところ、500体の枠に対して、8169もの応募があり、16.3倍の狭き門となったとのことで、その樹林墓地も見に行きました。

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木々の下に遺骨を納めるところがあり、土に溶けやすい素材の袋を使用することにより、約30年で自然にかえるそうです。

自然回帰志向により、人気があるようです。

自分は遺骨をどこに…と、ふと考えてしまいました。

小平霊園をでて、南に向かっていくと、新築の住宅がセットバックして道幅を広げている中、はみ出している建物がありました。

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よくみると、あれです。JR武蔵野線の津田町立坑です。

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この下を武蔵野線は通っているのですね。

ところで、こんな狭い道にも道路名称がついています。

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ここには旧鎌倉街道が通っていたようで、これより北の東村山市には以前見た将軍塚や久米川古戦場跡、新田義貞軍が勢揃いした勢揃橋などがありました。

下の写真は別の日(9月22日)に行った久米川古戦場跡です。

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元の話に戻り、南に向かうと、玉川上水を渡る橋も、鎌倉橋という名です。

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江戸時代に玉川兄弟がつくったという「玉川上水」です。

羽村市で多摩川から取水して、新宿区四谷まで続いています。今でも東京都水道局所管の水道施設です。

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ここからは西に向かい、この上水を上流に向かいます。

上水沿いは緑道となっており、散歩している人が数多くいます。

その南側に道路があり、木々のなかを気持ちよく走れます。

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ただし、この道は自動車も通りますし、立川市の辺りで途切れてしまいます。

緑道は未舗装で自転車が乗り入れるのは、ちょっと歩行者から見ると迷惑そうです。

小平市、立川市、東大和市の境界付近に「小平監視所」があります。

えっ、ここ小平市と思うところですが、地図を見ると三角形に小平市が飛び出ています。

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この玉川上水の水を、新宿にある淀橋浄水場で水道水として使用していましたが、昭和40年に廃止となり、跡地は都庁などの超高層ビルの建つ新宿副都心となりました。

この小平監視所より下流は、廃止により水は途絶えていたのを、昭和61年に清流復活事業を行い、再び水が流れるようにしたようです。

清流も復活した玉川上水は、ここでは水面近くまで下りていき、水に親しめるようになっています。

なぜかアヒル?がいました。

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ただ、この手前には大規模な施設があり、上流から流れてくるゴミや落ち葉を取り除いているようで、なかなか清流の復活も大変なようです。

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復活を記念して、こんな碑まであります。

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ここは、西武拝島線と多摩都市モノレールの交わる、その名も玉川上水駅のすぐ近くです。

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小平監視所から野火止用水が分流していきますので、今度はそちらを下ります。

となりの東大和市駅の先までは暗渠化されており、上が遊歩道です。

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地表面に水が流れ出すところでは、ホタルがいるようです。

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このすぐ南側には東京電力多摩変電所があり、ホタルとのスケールの違いに圧巻されます。

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すぐ近くの、小平市立上宿図書館に立ち寄りました。

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蔵書は11万冊ほどの地区館で、1階が図書館、2階は集会室、事務室などです。

座席は少なく、雑誌コーナー6席と指定席の参考図書コーナー8席です。

暑い日曜日の夕方ですが雑誌コーナーは満席でした。

帰りには、野火止用水沿いの道を走りましたが、所々、公園となっており涼しいのですが、木の根っこなどにより走りづらい部分もあります。

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さらに下流の東村山市青葉町に「東村山立坑」の工事現場があります。

また、JR武蔵野線の立坑かなとも思いましたが、ここの地下には通っていません。

これは東京都水道局の朝霞浄水場と東村山浄水場を結ぶ「第2朝霞東村山線(仮称)」という原水連絡管を造るための立坑です。

おそらく、シールド工事の発進立坑か到達立坑でしょう。

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この日の走行距離は23.67km、平均時速18.13km、消費カロリー620kcalでした。

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02小平市」カテゴリの記事

コメント

自然回帰思考は、そうとな人気なんですね。
私はとりあえず、牛久沼のほとりに、既に準備しておりますが
まだまだ先の話と考えておきましょう(笑)

清流の復活は、いいですね。基あった場所に水の流れを取り戻す・・・
水の流れは見ていても良し、そのながれの音を楽しむのも良しです。

この霊園の墓地って土葬のようなお墓ですよね。

アメリカの映画でよく見るような。

玉川上水沿いに歩いて上流まで行くことはできるのでしょうか。

ちょっとたどってみたい好奇心がふつふつです。

ポチリ。

こんにちは。

すずたさんがセレクトされる道は、東京と言えど涼しそうな走り易そうな道が多いですね。
しかしホタルですか、凄いですね。私の子供達にホタル、といっても見たことが無いので、ピンと来ません^^;。ホタルの飛び交う綺麗な清流の復活、本当に頑張ってほしいものですね。
ではヽ(´▽`)/

すずたさん、こんばんは。

新田義貞、拝見いたしました!!
このあたりが鎌倉侵攻の起点なんですね・・。

「新田義貞」については、NHK大河ドラマ「太平記」(演:根津甚八)や歴史小説の一登場人物としての知識ぐらいしかないので、もう少し知りたいと思っていたのですが、これを機に少し図書館で調べてみようかなと思いました。

ところで例の墓地ですが、いい発想ですね。いずれは土に帰るなんて何か憧れてしまいます。

araitaさん、こんばんは。

今朝の新聞によると、自然回帰は大人気なので小平霊園で数を増やす
とともに、他の都営霊園でも樹林墓地をつくるそうです。

まっさんさん、こんばんは。

確かに涼しそうな道の写真ですよねえ。
実は涼むために日陰で写真を撮るからこうなっているので、
日なたを走っている時間の方が長いです

ホタルについては、ほんとうに地元で頑張って育ててほしいものです。

ポタ麿さん、こんばんは。

この辺りは、縄文時代の遺跡などは見かけますが、次は、大きく
飛んで玉川上水などの江戸時代の遺産となってしまいます。

この鎌倉街道がらみは珍しく、中世のものとなっています。

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