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11東京23区

2024年5月12日 (日)

自動運転の日暮里舎人ライナーの急勾配な坂の形とポイント切り替えのやり方

物流の2024年問題としてトラックドライバー不足が話題となっていますが、バスドライバー不足も問題となっています。

車の自動運転の研究や実証実験も行われていますが、既に自動運転されている新交通システムを改めて見てみました。

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日暮里舎人ライナーは、荒川区の日暮里駅から足立区の見沼代親水公園駅間の9.7キロを20分で結ぶ、都営のAGT(Automated Guideway Transit)自動案内軌条式旅客輸送システムです。

↑電車では通常上に張ってある電気の流れる架線は、右側面にある3本です。

ここから動力としての電気が供給されます。

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↑日暮里駅2番線にいる上り方面車両での最前部、つまり下り方面での最後部からの車窓展望ですが、ATO(Automatic Train Operation)自動列車運転装置による無人運転のため、運転席はなく乗客座席となっています。

線路はなく2本あるコンクリート製の走行路をゴムタイムで走ります。

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↑先程いた2番ホームを駅改札口側から振り返って見ていますが、左右にH型鋼でできたガイドレールがあります。

車両にある案内輪がこれと接触して走行していきます。

走行路の中央にあるのは、車両に信号情報等を伝送する電線がカバーに覆われたものです。

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下り車両の最後部に乗って行くと、両側を建物に囲まれながら尾竹橋通りの中央部上空を進んでいきます。

↑やがて、隅田川を渡ると足立小台駅です。

上り勾配を登ってきたのがわかります。

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↑駅を出るとすぐに荒川も渡るのですが、さらに登っていき、この辺りが高さのピークで、ちょうど下り始めるところです。

左側にはスカイツリーも見えています

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2024年4月28日 (日)

池袋駅すぐ近くにあった島田牧場跡地にある池袋の森

池袋にある病院に行く用があり、出かけた時のことです。

駅西口から北へ徒歩5分ほどのところなのですが、すぐ近くには意外と大きな木のある場所がありました。

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周辺は、いかがわしいホテル街で、そこに何棟もある病院も場違いでしたが、この木々も場違いな感じです。

↑南側の入り口は閉鎖されていますが、豊島区と書かれていますから区の施設のようです。

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↑西側の平和通りの方から入れるようになっていました。

あえて探さなければ気づかなそうな入り口ですが、「豊島区立池袋の森」と書かれています。

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よくある区立の公園とは違い、4月から9月でも8時から5時までしか開いていないようです。

10月から3月はもっと短く9時から4時です。

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ここは日本を代表する林政学者で東京大学農学部名誉教授の島田錦蔵氏の屋敷跡だということです。

↑園内ほとんどの樹木は研究用に育てていた当時のもので、左の大きなユリノキは日本にこの樹木が定着する前に、研究のため昭和25年(1952)に植えられたそうです。

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↑ 大きな樹木は他にもあり、左からヒマラヤスギ、コウヨウザン、ラクウショウです。

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2024年2月25日 (日)

ついに撤去されたカリヨンデッキといいアイディアな新宿駅西口駅前広場に建設中の巨大構造物

渋谷だけでなく新宿の街も大きく変貌をし始めました。

小田急百貨店が閉店して解体工事が進み、日々小さくなっていきます。

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↑そんな中の2月21日朝、旧小田急百貨店とハルク(現小田急百貨店)の間の景色に、さらに違和感が感じられました。

カリヨンデッキのブリッジ部分が無くなっているのです。

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↑以前から閉鎖されてはいましたが、先週撮った写真(2月15日)ではこのようにまだあります。

実は、真下には横断歩道もあるし、2階で小田急とハルク間を行き来する機会もあまりなく、渡ることはありませんでした。

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でも無くなるとなると、やはり懐かしさを感じますから不思議です。

↑地下にある西口駅前広場から小田急百貨店の方を見てみます。

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解体工事が進行して建物がどんどん低くなっていることよりも、右には気になるものがありました。

地上から地下へのスロープ上に覆いかぶさるように鉄骨が組まれています。

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↑何やら巨大な構造物を造っているようですが、西側では途切れています。

戻ってから調べたら、東京都都市整備局ホームページによると「仮設構台・スロープ」の整備工事のようです。

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2024年2月18日 (日)

銀座線渋谷駅車庫引込線の移設とJR線路上に建設している構造物

渋谷駅には行くたびに、駅や通路もそして周りのビルも変わっていて、毎回驚かされます。

地下鉄銀座線の線路を移設したときは大きくニュースにもなりました。

細かい話になりますが、渋谷駅から奥の車庫引込線もふと気付いたら少し移設されていました。

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↑駅から西口の渋谷マークシティ下の車庫方向を見ています。

乗客は下りた後なので目立ちませんが、向かって左側にあった引込線が右側に移されています。

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↑逆に駅ホームの方を見てみると、少しだけ、ここにかつてはレールがあったなという残骸?があります。

この車庫引込線の奥、つまり北側を見れば、こちらは何やら大規模な構造物が建設されています。

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銀座線とは垂直に交差しているJR山手線、埼京線の線路の真上に当たります。

昨年11月に山手線を運休して線路位置とホームを高くする工事を最後に、大きな運休はしないと言っていましたが、関係はないのでしょうか。す。

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↑外から見てみようと、まず東口の方に出て、先程いたところを見てみました。

これを見ても重厚な構造物であることしかわかりません。

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↑北側の先端部はまだ先がありそうにも感じられます。

現在複々線の4線ある線路の直上に、さらに線路を増やすとはさすが思えません。

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2024年1月 7日 (日)

船には見えなかったフローティングドックと中防外側埋立地の東と南と西端

首都高湾岸線の東京港トンネルを初めて通った時は、海底トンネルが珍しかったのでワクワクしたものでした。

そうした海底トンネルも今では珍しくもなくなり、東京港にもいくつもの海底トンネルができています。

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↑臨港道路南北線の「海の森トンネル」もその一つで、東京オリンピック前にできたことは聞いたような気もします。

中央防波堤内側と外側埋立地へは、テレコムセンターや青海コンテナ埠頭から行く第二航路海底トンネルがありましたから並行してもう一本できたとは知りませんでした。

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↑海の森公園の東端からは東京ゲートブリッジがよく見えるのではと思い行ってみました。

海の近くの道路までで、直接海岸には近付けません。

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↑すぐ北側の「海の森船着場」の辺りにガントリークレーンのようなものが見えます。

でもちょっと違うようなものにも見えるので近づいて見ます。

両側をコンクリート構造物で囲まれているようですがクレーンも含めた一体構造です。

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「大山1200ー29」と書かれているので調べてみるとフローティングドックでした。

ケーソンを安全確実に製作・進水させるための作業船だそうです。

ケーソンとは、防波堤や堤防を造るための大型の箱状コンクリート構造物です。

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↑振り返った西側には、逆光で見づらいですが、海の森公園や海の森水上競技場、そして海の森大橋も見えるところです。

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2023年12月10日 (日)

新宿西口で進む再開発によるビル解体と新築工事の2023年12月の状況

11月中旬から新宿駅西口地下の歩行者の通り道が変更されています。

西口地下広場と丸ノ内線の間の通路が通れなくなったのです。

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小田急百貨店の解体工事が進められているので、理由はわかっており当たり前のことなのですが、ついに地下まで影響範囲がきました。

↑新宿駅山手線ホームから見ると、小田急百貨店の北側半分は既に無くなっており、向こうが見通せます。

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↑現在の小田急百貨店として営業されているハルクの横から見ても同様です。

今年2月に解体工事が始まったころ、見に来て初めて知った、実は建物は二つに分かれていたことが実感としてわかりました。

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↑西口駅前広場の向かい側からも見ると、見えないはずのスタジオALTAなどが見通せます。

2014年3月に「笑っていいとも」の生放送も終わり、明太子のかねふくの看板ばかり目立ち、すっかり存在感が薄れてますが、しっかり今も新宿駅東口駅前にあります。

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↑小田急百貨店の解体工事現場を、現在もまだ頑張って営業している京王百貨店屋上から見てみました。

北に向かって開けているところはあまりありませんが、かろうじて見ることはできます。

現場目の前の道路も通行車線の位置が変わっています。

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2023年11月 5日 (日)

渋谷本町は昔の渋谷の中心地だったのかとそこにある大隧道通りと不動通り

本町という地名は、現在だけでなく以前のその町や村の中心地である場合に付けられています。

渋谷区の本町は京王線初台駅北側にあり、昔はここが渋谷で栄えていたところだったのかと不思議に思っていました。

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↑行ってみるとそこは住宅街であり、渋谷区立渋谷本町図書館もそんな中にあります。

調べてみると、江戸時代の幡ヶ谷村に本村、中幡ヶ谷、笹塚など5つの小字があり、そのうちの本村等が昭和7年(1932)の東京市編入の時、幡ヶ谷本町になりました。

そして昭和35年(1960)に幡ヶ谷本町が本町になったということでした。

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幡ヶ谷の本村、本町だったものが幡ヶ谷が外れたため、渋谷区にそのまま本町という名で残っているわけです。

そのため、私は勝手に渋谷の本町だったのかと勘違いしていたわけです。

↑その本町図書館西側を南北に通る道路は、Googleマップでは大隧道通りとされており、こちらも何だろうと思いました。

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↑この通りを100メートルほど北に行くと、道路をアンダーパスするトンネルつまり隧道は一応あります。

こちらも調べてみたら、本村隧道というものでした。

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明治時代に淀橋浄水場を作るにあたって同時に作られたものだといいます。

江戸時代からの玉川上水はもう少し南側を流れていましたが、その水を途中の明大前あたりから現在の西新宿の超高層ビル街である淀橋に持ってくるには、自然の地形のままでは水路を作ることができませんでした。

そこで和田堀給水所から築堤で高さを一定にして新水路を作る必要があり、旧幡ヶ谷村が南北に縦断されてしまうので、下には3つの隧道が作られたのです。

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↑本村隧道は明治26年(1893)に竣工したもので、南だけでなく北側から見ても、パルテノン神殿を思わせるような荘厳な造りをしており、全幅は4.5メートルです。

当時作られた3つの隧道の中で現存するのはこの本村隧道だけです。

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2023年10月22日 (日)

巨大で景色を見ることもできる荒川ロックゲートと歴史ある小松川閘門

都営新宿線東大島駅周辺では、荒川の右岸である西側すぐ横には旧中川が流れています。

その旧中川は荒川に合流するのですが、そこには大きな水門があります。

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荒川ロックゲートという名前の閘門になります。

コウモンという読みのイメージが良くないからではないでしょうが、荒川閘門ではなく荒川ロックゲートです。

6階建ての建物のように階段があり、昼間は上に登ることができます。

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↑いわば展望台から見ると、もともと水量も豊富な荒川ですが、河口間近でもあり川幅はかなり広いです。

閘門・ロックゲートは、水面の高さが違う二つの川で、船が通行出来るようにするための施設です。

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川と川の間に二つの水門を作って水位を調節し、水面の高さを同じにして船を通します。

↑門の高さは18.2メートルもありますから、通行のための水路はかなり下に狭く見えます。

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↑降りて改めて振り返ってみれば、水路幅は14メートルもあり12メートル幅の船が通れるようになっています。

先程登っていた荒川側にあるのが前扉となります。

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↑旧中川側が後扉で、こちらの高さは14.7メートルです。

荒川と旧中川は水面差が最大3.1メートルあるため船の往来が不可能となっていましたが、荒川ロックゲートの完成によって両河川は船で結ばれました。

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2023年10月 1日 (日)

石神井川新青梅街道付近の河川改修工事と太田道灌が築いたともいう愛宕山城

石神井川の大雨対策の河川改修工事は、上石神井周辺で新青梅街道と交差する辺りから下流については、既にほぼ完了していました。

大泉学園と上石神井の間のバス通りに架かる愛宕橋と新青梅街道の間の区間も工事が進んだようです。

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↑上を通る新青梅街道の扇橋のすぐ下流に架かる小ヶ谷戸橋は、新たな橋梁に架け替えられていました。

コロナ緊急事態宣言が出る直前の3年半前に見に行った時は、工事で架け替えで通行止めになる直前でした。

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↑橋から下流を向くと、左岸側は歩行者自転車道が上下二段に分かれてありました。

下流の愛宕山橋から見ても、親水のため川に近づく意図でもなさそうで、地形的な配慮でしょうか。

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通行する人や車のことを考えて、仮橋を横に通すのが一般的ですが、この小ヶ谷戸橋は3年も単に通行止めとされていました。

見たところ、車はあまり多くなく歩行者は愛宕橋に迂回すればいいと思われてしまったのでしょうか。

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↑小ヶ谷戸橋に戻り上流側を見ると、こちらはまだ拡幅前であり作業用の仮橋のようなものが見えます。

橋の架け替えに際しては通行用仮橋は無かったのにどういうことでしょう。

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↑高い位置にある新青梅街道の扇橋から見ると仮橋でもなさそうです。

大型重機が行き来するだけでなく、護岸に杭打ち等もする重機も乗せて作業できるような頑丈なもののようです。

小ケ谷戸橋が架け替えられても、ここの工事はまだまだこれからのようです。

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2023年2月19日 (日)

実は二つのビルだった小田急百貨店新宿店のいよいよ始まった解体工事

最近は百貨店閉店のニュースをよく見かけますが、令和4年10月2日には新宿西口の小田急百貨店新宿店本館が閉店しました。

すぐにでも解体工事が始まるのかと思っていましたが、外観はそのままでした。

5年2月初めに見てみると、ついに開始されたようです。

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北側のハルク横から見上げてみるとタワークレーンが2基設置されており、一部仮囲いの外壁パネルが付けられていました。

タワークレーンの上に人影が見えたような気がするので、改めて少しは高いかとデッキに上がり見てみました。

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やはり奥のクレーンの上に数人の人がいます。

一人はアームの上にいます。

さらによく見ると、手前のクレーンからのワイヤーが奥のクレーンのアームに取り付けられています。

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おそらく片方を吊り上げるか吊り下げる作業をするのでしょう。

この小田急による新宿駅西口地区開発計画について調べていく中で、驚いたのは一棟と思い込んでいたこのビルが、実は二棟から成りたっていたということです。

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まず、この開発計画はモザイク通りを含む新宿ミロードとともに1.6万平方メートルの敷地で計画されていることは知っていました。

ここに高さ260メートル、48階建の超高層ビルを建てる計画となっています。

高層部はハイグレードなオフィス機能、中低層部は新たな顧客体験を提供する商業機能が入ることとなっています。

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(↑↓とも、小田急電鉄プレスリリースより)

知らなかったのは、小田急百貨店新宿店本館という建物は、小田急電鉄所有の新宿駅西口本屋ビルと東京メトロ所有の新宿地下鉄ビルディングの二棟だったということです。

8階建のところが地下鉄、12階建のところが小田急に分かれています。

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