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10南多摩

2019年6月16日 (日)

豊田駅やイオンモールの近くにあって大量の湧水がある黒川清流公園とカルガモ親子

イオンモール多摩平の森のすぐ近くには、まさに森があります。

その森のある多摩平第6公園は崖の上にあり、南東方向に向けて下の方が見渡せます。

ここは黒川段丘崖となっています。

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高い所と低い所では10メートル近くの高低差があります。

この周辺の敷地は公園や東豊田緑地保全地域として、崖の緑が残されています。

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↑それらを巡る黒川段丘崖散策コースの案内板もあります。

ここには豊富な湧水があるといいますから見に行ってみます。

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↑坂を下りると、まさにジャージャーという音を立てて水が斜面から水路に流れ込んでいます。

この斜面には立ち入りできなくなっています。

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崖の斜面の部分が開発されずに保存されているため、至るところから水が湧くようです。

少し上流側の清水谷公園には池があり、子育て中のカルガモの親子がいます。

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↑左側にヒナ鳥が5羽ほど円形に固まっています。

みんながやさしく見守っているため、人がすぐ近くにいても平気でいます。

美談ではありますが、危機管理上はちょっと不安が残ります。

下流側は黒川清流公園となっています。

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2019年4月21日 (日)

現代の古墳となっている昭和天皇陵と大正天皇陵のある武蔵陵墓地と新しい陵のあり方

平成31年4月23日に天皇皇后両陛下は、昭和天皇陵に参拝して4月30日に譲位することを報告するといいます。

その直前に昭和天皇陵のある武蔵陵墓地に行ってきました。

国道20号線の高尾駅少し手前の北側へ自転車ではなく車で行きました。

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↑ここには4つの御陵があります。

西の奥から多摩陵、多摩東陵、武蔵野陵、武蔵野東陵となります。

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↑西に向けて、北山杉の間の参道を進みますが、カーブとなっていて先が見えないことが不思議なところへ行くという感覚にさせてくれます。

昭和天皇陵へは途中の新参道を北に向かった正面です。

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鳥居の向こうに武蔵野陵、昭和天皇陵があります。

「むさしののみささぎ」と読みます。

古くないから「古墳」とは言わないのでしょうが、上円下方墳となっています。

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昭和天皇武蔵野陵と記されています。

広そうですが、帰って調べてみたら、2500平方メートルの面積があるそうです。

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↑その右には香淳皇后武蔵野東陵があります。

こちらも上円下方墳となっていますが、少し小ぶりのようです。

面積は1800平方メートルということです。

警備のための詰所らしき建物も趣きがあります。

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2019年3月10日 (日)

多摩市諏訪は連光寺村の一部であった馬引沢のさらに一部だったところ

多摩ニュータウンの中でも多摩市諏訪や永山は、一番最初の昭和40年代に開発された地区です。

京王線や小田急線の永山駅ができる前に入居が開始されたので、当時は陸の孤島であり、バスで通勤通学するしかなく大変だったといいます。

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↑京王永山駅のすぐ北側の多摩消防署交差点から北東の諏訪1丁目方向を見ています。

現在は消防署は建替工事が行われているようで、ここにありません。

多摩市になる前の多摩町・多摩村の小字馬引沢から、多摩ニュータウンのための区画整理により諏訪などが分離されました。

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↑諏訪越通りを登り、坂を下ると多摩馬引沢交差点です。

左右に通る都道18号府中町田線の向こうは、現在も馬引沢という地名です。

2020年8月9日の東京オリンピックにおける自転車競技ロードレースのコースは、この奥の馬引沢北通りから来て、この都道を右へと進みます。

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こんなところを!とびっくりですが、本当なのです。

↑ところで、馬引沢という名の川は現在もあり、馬引沢ではなく諏訪1丁目を流れています。

諏訪神社の前なのですが、上流方面は急な斜面となっています。

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↑この奥は先程通った諏訪越通りの下を潜る暗渠となっているようです。

沖ノ谷戸から流れているようですが見つけられませんでしたので、諏訪神社を見てみます。

この辺りの諏訪という地名の由来は、この諏訪神社なのでしょう。

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↑鳥居にも諏訪神社とだけ書かれていましたが、検索してみると連光寺諏訪神社がヒットしました。

なぜ連光寺なのかを調べてみました。

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2018年11月 4日 (日)

多摩ニュータウン遺跡群に盛り土した縄文の村にある3種類の住居跡を見て改めて縄文時代の長さを思う

多摩ニュータウンは総面積3000ヘクタールという広大な場所ですから、開発により1000カ所もの遺跡があったそうです。

その中の多摩センター駅近くの縄文時代の集落跡は、東京都埋蔵文化財センターとなっています。

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↑そのうち南側の半分は現状のまま盛り土をして保存されています。

縄文時代前期の住居跡2軒、中期の住居跡5軒のほか、落とし穴なども発掘されたそうです。

盛り土の上は遺跡庭園「縄文の村」となっています。

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↑縄文時代前期の竪穴住居です。

発掘調査当時の位置に復元されたといい、床は長軸7m、短軸4.5mの長方形で、面積約30平方メートルとかなり広く、5~6人くらいは十分に住めたようです。

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6500年前のものですが、中の様子です。

焦げ臭いようなにおいがしますが、火焚きを各住居で順番にしているからのようです。

住居の棟の上には、屋根が浮き上がらないように土で押さえ、さらに草が植えられているそうです。

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↑縄文時代中期後半の住居跡で、こちらは4500~5000年前(両方の表示がありました)のものです。

敷地内に現在ある高圧鉄塔の東側に発見された住居をモデルに復元した住居です。

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壁沿いの5本の柱で屋根が支えられていて、床は長径5.3m、短径4.8mの楕円形で、面積約15平方メートルと縄文時代中期の標準的な大きさだそうです。

周囲は「縄文の森」となっています。

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2018年10月 7日 (日)

町田市川崎市境の尾根道を歩いてみて南北の景色を眺めるとマイコンシティというのがある

前回見てきた鶴川街道の都県境にある真光寺公園の北西端から木々の鬱蒼とした尾根道を歩いてみました。

この尾根道が東京都町田市と神奈川県川崎市の境界となっています。

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↑右方つまり鶴川街道とは反対に北東に向けて歩き始めると、すぐに尾根は東へそして南東へと向きが変わります。

また、左側の斜面は緩やかで木々ではなく畑が広がり、明るくなりました。

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↑この辺りでは北東に向けて遠くを見渡すことができます。

手前に小田急多摩線の黒川駅周辺の高架が、その先には京王相模原線の高架が見えます。

若葉台周辺の高層マンションも見ることができます。

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↑すぐにまた木々の中に入っていきます。

耳元で聞き慣れない超低音の羽音が聞こえました。

おそらくかなり大きな虫と想像されますので、スズメバチではないかと急いで歩きます。

やがて南に向けて真っ直ぐ進む道と、左方つまり東に向かう道に分かれますので、東に進みました。

戻ってから地図を見て確認してわかったのですが、南に向かう道は真光寺公園に沿っていたようです。

Yahoo!マップの地形図で見ると、どちらも尾根道のようです。

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↑東ルートでは、やがて今度は右に向けて視界が広がります。

建物の壁にはCanonと書かれていました。

そして下り階段がありました。

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↑振り返ってみると、黒川宮添特別緑地保全地区という表示板がありました。

こうして緑が残されているのは素晴らしいことです。

これで終わりかとも思いましたが、この先にも道は繋がっていました。

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2018年9月30日 (日)

池が印象的な真光寺公園と鶴川街道の都県境のごく軽い峠越えのある所

鶴川街道を西に向けて走って行くと、京王相模原線若葉台駅近くで東京都稲城市から神奈川県川崎市に入ります。

でも、標識を見なければ気づかないような、境界らしい川も山も道も何もないところです。

2km足らずで再び神奈川県から東京都に入りますが、ここはごく軽い峠越えをした気分を少しだけ感じるようなクネクネした道路となっています。

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↑それを越えたすぐ先の左側に真光寺公園があります。

バスの終点停留所名にもなっていますし、狭いながらも駐車場もあります。

この公園の東端には池があります。

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石神井公園や井の頭公園などの池を中心とした公園は数多くありますが、ここは違うようです。

ボート乗り場もありませんし、天気のせいもあるかもしれませんが、山奥の池か湖のような風景です。

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↑ただし、少し日が差すと水の色も変わり、雰囲気が全く違って見えます。

公園は、入口のある南側から北側に向けて登り斜面となっています。

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芝生の広がり、奥に向けて丘の登り斜面のある、のどかないいところです。

東側から池に沿って登っていこうとすると、池は奥まで続いておらず大きくはないようです。

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↑その奥にはトイレの他、ちょっと広い空間もあり、ここには机と椅子もありますから、のんびり弁当でも食べるのもいいでしょう。

奥には低い山があり、囲まれ感もあります。

先程の芝生の登り斜面の横の階段で上に登って行きます。

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2018年9月23日 (日)

若葉台近くの鶴川街道から東へと進めるようになる坂浜平尾線と棚田の美しい風景

京王相模原線の若葉台駅近くを通り、コーチャンフォー若葉台店の前を通って鶴川街道に行く道はT字路となっています。

その先に道路が出来てきていました。

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この道は広域的には通ったことがありませんでしたが、西の方は尾根幹線道路を通り越し、永山駅の北側の多摩ニュータウン通りまで繋がっています。

多摩都市計画道路3・4・17号坂浜平尾線として、東は新百合ヶ丘駅の近くまで繋がっているようです。

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しかも改めて地図を見てみると、現在工事をしている数百メートルよりも先は既に開通しているようです。

この部分だけ未開通となっています。

ここは橋梁となっているようです。

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そのさらに向こうには京王相模原線が通っていますが、こちらは新しくなさそうですから、地形を考えて既に高架化されていたようです。

川の様子が見えませんので、西側に行って横からこの橋梁を見てみます。

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↑未開通部分を迂回する車が数多く走る学園通りから、ここを流れる三沢川を見てみますが、あの橋梁ほどの川幅と水量は無いようです。

おそらく河川改修を想定しているのでしょう。

ここからは肝心な先ほどの道路下の川が見えないので、ちょっとだけ奥に行ってみます。

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Googleマップを見ながら田んぼの畦道を進みます。

私有地に勝手に入るわけにはいきませんので、道となっていそうなところまで進みましたが、結局道路下の川の様子は見えませんでした。

それでは東側に行ってみます。

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2018年7月15日 (日)

60メートルもの高低差があるからこそ湧水も遠景も楽しめる桜ヶ丘公園

前回見た聖蹟桜ヶ丘駅の駅名の由来ともなっている場所である都立桜ヶ丘公園ですが、明治天皇のお野立所の辺りはやはり遠方の見渡せる景色のいいところです。

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北西方向をはるか遠くまで見ることができます。

案内板もあり、奥の方には東京都で一番高い山である雲取山があるようですが、ちょっとよくわかりませんでした。

この景色を見ても、ここから北西に向けて地面が大きく下がっていくことがわかります。

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↑改めて公園案内図を見てみると、等高線が書かれていて、かなりの高低差があることがわかります(クリックすると拡大します)。

ここや旧多摩聖蹟記念館のあるところは標高が140メートルくらいあり、公園内でも高い位置あります。

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↑下に降りて行こうとすると結構急斜面です。

♪行きはヨイヨイ帰りはコワイ♪という感じですが、ようやく下りきって低いところに到着です。

この辺りの一部敷地はなぜか都立桜が丘公園ではなく、多摩市立大谷戸公園となっています。

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↑唐突にキャンプ場のようなものがあるなあと思って見てみると、「大谷戸公園キャンプ練習場」と書かれていました。

多摩市が運営しており、かまどやテントスペース、キャンプファイヤースペースなどもあり、定員120名のキャンプの「練習」ができるところです。

練習というのが面白いです。

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↑案内図に水の流れが書かれていた湧水が流れているらしきところに、実際の水流は有りません。

下流側に行けば水があるかもしれないので行ってみました。

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2018年7月 8日 (日)

聖蹟桜ヶ丘駅の名前の由来になっていた桜ヶ丘公園にある多摩聖蹟記念館

京王線の聖蹟桜ヶ丘駅と聞いて、「聖」という文字からキリスト教関連の施設が近くにあるのかなと思っている人もいるのではないでしょうか。

聖蹟とは元は貴人などが訪れた史跡のことで、特に天皇の行幸、つまり訪問した土地のことを言います。

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↑「明治天皇御野立所跡の碑」があります。

お野立とは、移動中の貴人(主に天皇)が屋外で休憩した場所のことです。

1880年代に明治天皇が兎狩りと鮎漁で4回、この多摩市連光寺を訪れたといいます。

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↑都立桜ヶ丘公園の敷地内となっています。

桜ヶ丘は江戸時代から向ノ岡(連光寺付近)が桜の名所だったことから呼ばれているようです。

この公園内には「旧多摩聖蹟記念館」という建物があります。

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多摩市指定有形文化財となっています。

表側に回ると、柱が印象的な建物で、東京都による「特に景観上重要な歴史的建造物等」にも剪定されています。

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明治時代に建てられたのかと思いきや、明治天皇の行幸を記念して、昭和5年(1930年)に建てられたものです。

後世に業績をたたえることと、地域の観光開発の建てられた施設だそうです。

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中に入ることが出来るようなので行ってみました。

幕末から明治時代にかけて活躍した坂本龍馬や西郷隆盛、勝海舟らの関係の資料が展示されていました。

内部は撮影禁止だったので写真はありませんが、多摩市が管理運営しているようですが、建物設立の経緯からすると不思議にも感じられます。

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2018年5月27日 (日)

くじら橋という名前がピッタリな土木学会田中賞も受賞した橋とみはらしの家

稲城市の稲城中央公園は通常イメージする公園というよりは、グラウンドや体育館などが多数ある運動公園です。

この入口にはクジラの親子の像があります。

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何でだろうと思いましたが、このすぐ近くに「くじら橋」があるからのようです。

南多摩尾根幹線を跨ぎ、稲城中央公園の総合グラウンド側と、かつての稲城第二公園と言っていた野球場側を繋ぐ歩道橋です。

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1997年(平成9年)に竣工しました。

この橋は技術的にも 難度の高いプレストレストコンクリート構造物で、優れた技術と特色、美観を有すると認められ、土木学会田中賞を受賞しています。

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歩道橋と言いながらも、幅員は広い所では24.4mm、狭い所でも16.8mもあります。

橋上から植込み越しで見づらいですが、東方向には東京都心部が見渡せます。

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西向きにも多摩丘陵を見ることができますが、南多摩尾根幹線は何と言っても中央分離帯の広さが印象的です。

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近くにある交差点の名前も「くじら橋」です。

地元の小学生からの公募で命名されたといいますが、本当に子供らしいいいセンスです。

下から見てみるとよくわかります。

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