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05清瀬市

2023年7月30日 (日)

伝説の地こわしみずと斜面林にある松宮稲荷神社と関越道の蓋かけ

京都の地図を見ると、中央部に北側にちょこんと飛び出たところがあります。

清瀬市下宿と旭が丘で、関越自動車道とJR武蔵野線が交差する辺りです。

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↑ここには伝説の地こわしみずという石柱がありました。

ここには一年中水が湧き出る泉があり、働き者の百姓さんが飲むと甘いお酒の味がするということです。

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武蔵野線沿いの斜面となった林にあり、線路の北側には柳瀬川が流れていて、こうした斜面林がいくつもあります。

泉は昭和48年に武蔵野線が通るまで実在しており、住居標示も清戸下宿字清水でした。

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毎日ほろ酔い機嫌で帰るのを不思議に思った息子が泉の水を飲むとただの水でした。

親はきき酒、子は清水ということで「こわしみず」だというでした。

名前からホラーを想像していましたがギャグでした。

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↑少し南の斜面林には松宮稲荷神社があります。

高低差があるので、南の坂道の道路の途中から参道への石段があります。

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江戸時代初期の寛永年間(1624〜44))の創建と言われ、境内に松林が多かったことからこう呼ばれています。

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2023年1月22日 (日)

清瀬市にある伊藤記念公園台田の杜と国蝶オオムラサキ

清瀬市の柳瀬川通りを車で通った時に以前から気になっているところがありました。

「国蝶オオムラサキ」と大きく書いてある公園のようなところです。

数年前にはなかったはずですが、気付けばそこにあったという感じです。

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行ってみると、「伊藤記念公園台田の杜」と書かれた大きな石碑と石像があります。

伊藤さんを記念するということですが誰なのでしょう。

清瀬市出身の有名人を考えてみましたが思いつきません。

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石碑の裏面に長文の説明がありましたが、どうやら土地を寄付してくれたのが伊藤ヨシさんのことです。

寄付地の公園は他にも結構ありそうなものですが、記念とされた名称入り公園で、しかも石像付きというのは清瀬市としてもかなり感謝しているのでしょう。

清瀬市は、まちづくりの重点施策の一つである「緑の保全」のため柳瀬川崖線緑地一帯を緑化重点地区に指定し、平成15年には都市計画緑地に決定しました。

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平成17年に崖線緑地の約1万9千平方メートルが寄贈され、平成21年にオープンしたようです。

将来的に国蝶「オオムラサキ」が舞うような雑木林の再生を目指して、清瀬市として飼育事業を開始したものです。

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平成25年度に、高さ8、幅5、長さ10メートルのケージを設置して産卵、孵化させて清瀬産のオオムラサキが誕生しました。

今は冬ですが、昨年も6月から7月には見学できたようです。

そもそも、国の蝶というものが指定されていることを知りませんでした。

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↑この公園の南北にも柳瀬川に沿うように崖線緑地である雑木林は続いていますから、横切る道路もあります。

「台田の切り通し」という表示板も立っていました。

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2020年4月 5日 (日)

清瀬市下宿にあるのに上宮という名の上宮稲荷神社

急に暖かくなり3月20日頃に一気に咲いた東京の桜は、その後に寒い日が続いたせいか、2週間経ったのに花がまだ咲いています。

また、風に舞い散る花びらもキレイです。

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清瀬市下宿の旭が丘交番交差点前のこの高台には神社があります。

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鳥居には上宮稲荷神社と書かれています。

東京都神社名鑑によると、鎮座地が下宿の上なので上宮稲荷と称せられているということです。

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上、下という名は、川沿いや街道沿いにあるようですが、ここでは何をもって「上」なのでしょうか。

近くには空堀川と合流した柳瀬川が流れていますが、清瀬市下宿という地域内でのこの位置から見れば、この神社のあるところは上流側になります。

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それで上なのでしょうか。

そう考えてみると、「下宿」というのも気になってきます。

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2019年2月10日 (日)

清瀬市にあるけど東久留米市民に管理運営されている三角山と言われる下里富士

野火止用水沿いに「三角山」というバス停があります。

ここには三角山と言われている「下里富士」があります。

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↑南西から見ると、ここだけが高台となっており、富士塚として築かれたことがわかります。

ここにある浅間神社は、南沢氷川神社によって管理されていると書かれています。

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東久留米市内の神社は、ほとんどこの南沢氷川神社によって管理されています。

神社HPには市内神社紹介に、神職が兼任して務める11社の神社の一つとして、旧下里地区の「浅間神社」も記載されています。

ただし、これはちょっと変です。

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↑階段沿いにある「富士浅間神社年中行事」も、「下里氏子会」によって記されています。

下里は東久留米市の地名で、野火止用水の南側が東久留米市、北側が清瀬市になり、ここはその北側ですから清瀬市に存在します。

河川であれば改修工事により流路が変わって、旧河川の境界が残ることがありますが、野火止用水は江戸時代から真っ直ぐに掘られていたと思われます。

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↑同じく階段をさらに登ると、大正14年と記された「富士太々講」による碑が立っています。

階段の向きに対して斜めに立っているのは、富士山の方向を向いているからなのでしょう。

ということは、頂上から富士山が見られるということなのでしょうか。

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2017年10月15日 (日)

200年前の文化文政に築かれた清瀬市中里の富士塚は都指定文化財にもなっており登ってみる

富士山は古くから信仰対象の山であり、江戸時代中期には富士山登拝が盛んだったといいます。

当然、電車や自動車のない時代ですから、実際の富士登山は日程的にも経済的にも厳しいし危険でもあることから、代わりに各地に富士塚が築かれました。

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清瀬市中里にある富士塚は、東京都指定有形民俗文化財になっています。

時代としても、まさに文化文政年間(1804年〜1830年)の築造と考えられていますから、もう200年程前のこととなります。

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北側の鳥居を潜ると、登山道が九十九折にあります。

ここでは今でも富士登山や火の花祭りなどの講行事が継続されており、こちらは無形民俗文化財に指定されています。

途中、一合目から九合目までを記した小さな石柱があります。

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↑登山していくと、やがて頂上が見えてきました。

江戸時代の後、明治7年(1874年)に2m程かさ上げされ、現在の高さは約9mだそうです。

九合目まで来ると山頂が見えます。

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山頂には文政8年の石祠と、大日如来を刻む石碑があります。

この石祠は富士山頂の「仙元大菩薩」の社をかたどったものだそうです。

石祠にある文政8年(1825年)に築かれたのかと思いますが、この年に再築したという伝承があるので、文化文政年間築というように明確にはなっていないようです。

山頂からの景色を見てみます。

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2017年10月 1日 (日)

橋台、橋脚が早くも完成した東所沢の東京狭山線工事とおいしい珈琲が飲める店

弊ブログでは何回か話題としてきている、都道と埼玉県道である練馬所沢線となる東京狭山線(新東京所沢線)の東所沢周辺の工事進捗の様子を見に行きました。

国道16号線の狭山市から所沢方面に向かう片側2車線の広い道路なのに、東所沢のところで行き止まりになって東京都につながっていないあの道です。

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↑空堀川と柳瀬川の合流する小金井街道の清瀬橋方面、つまり東京都側から行ったのですが、平成28年ゴールデンウィークからは1年半しか経っていないというのに、驚くほど工事は進んでいました。

20mもの高低差がある地形のため、橋梁及び堀割形式で整備しているのですが、この舗装された面の奥に向かって橋梁として上に上がっていく設計です。

ちなみに、左に見える道は下り方面が渋滞している小金井街道です。

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↑行けるところまで近づいてみると、掘割部分のボックスカルバートは出来上がっているようで、向こうの東所沢側が見通せるようになっています。

橋梁部分の橋台や橋脚も出来ています。

途中にいくつかこの計画道路を横断する道があるので、近くに行って見ることにします。

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↑アップで見ると、やはり7%の勾配の道路を下側から支える橋台は頑丈そうなものです。

前回の復習になりますが、この工事の様子は全体像がわかりづらいので、工事の概況の説明です(クリックすると拡大します)。

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橋脚は4本あるようなので、さらに西側の道路に向かい、東側の橋脚を振り返ってみます。

高さこそそう高くはないものの、立派な橋脚です。

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この道から上の方の橋台を見てみると、やはり両側4車線の20m幅員の道路を支えるだけあって、やはり大きいです。

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工事看板によると、工期は平成28年9月29日までとなっていますから、当初予定通りに橋梁下部工が終わったということでしょう。

擁壁となると思われる鋼矢杭が見えるのですが、これがどういう形態で完成するのかが、ちょっと不思議です。

高低差20mを登るのはきついですが、上の様子も見に行くことにします。

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2017年5月14日 (日)

有名なはずなのにどこかわからない清瀬せせらぎ公園って意図的にそうしているのか

都庁1階や羽田空港などにある東京観光情報センターで配布されている「東京の観光公式ガイド 東京ハンディガイド」の地図に「清瀬せせらぎ公園」というものが載っています。

どこにあるのか思えば、よく通る空堀川のすぐ近くのようだというのに、見たことも聞いたこともないので、GW中の良く晴れた日に探しに行ってみました。

空堀川左岸から下流を見て、石田橋の手前右岸から奥に清瀬せせらぎ公園はあります。

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何度もこの川沿いを通っていますが、公園があることに気づきませんでした。

空堀川の河川改修によってできた旧河川敷を活用して、そちらに清流を復活させたといいます。

空堀川はこの日も名前通りに空堀で、わずかな水が水たまりにあるだけでしたし、構造上も現在の川の水が流れ込む仕組みにはなっていません。

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↑でも、清瀬せせらぎ公園のせせらぎ起点ゾーンとされた石の隙間から、水が流れています。

公園といっても、旧河川敷ですから細長い空間で、水は住宅街の間を流れていき、左岸には遊歩道があります。

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中里橋からは親水散策ゾーンとなり、右には清瀬第四小学校があります。

ここからは少し水量も増えているようです。

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中里二丁目の約510mの区間に、清瀬市立清瀬せせらぎ公園は整備されています。

この復活させた清流の水は深さ70mの井戸から汲み上げたものを利用しているようです。

また、一部の水はそれを循環させているようです。

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途中には右岸に学習管理棟という建物もありました。

さらにその下流では、本当に子どもがせせらぎの中に入り水に親しんでいました。

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市の職員かボランティアの方かわかりませんが、子どもに水中の生物の説明もしていたようです。

この先の宮下橋からは公園及びせせらぎは、林の中に入り、生態保全ゾーンとなります。

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ここから先の様子も気になるところです。

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2016年11月 6日 (日)

ふと気付いたら合流地点を変えるように新しく整備されていた柳瀬川と空堀川

柳瀬川と空堀川は、源泉探しなどで何回かこのブログでも行きましたが、柳瀬川は所沢市から都県境辺りを流れ、空堀川は武蔵村山市から東村山市を通って流れています。

そして、この2つの川は清瀬市と所沢市の都県境である小金井街道清瀬橋の辺りで合流して、さらに志木市では新河岸川と合流し、荒川へと流れています。

空堀川沿いの道を、ぶらっと自転車で下流に向かって走っていると、その清瀬橋手前で何やら大規模な護岸工事が出来上がったところがありました。

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ずっと工事をしているのは知っていましたし、今年の夏ごろにはまだ工事中であちら(左岸)側は通行できませんでしたが、結構大掛かりなコンクリート構造物が完成しています。

少し下流の橋から見るとびっくりです。

二つの川が合流しているのです。

場所としては清瀬橋の合流地点からは350mほど上流の位置です。

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↑左から流れてくるのが空堀川、右からの流れが柳瀬川です。

水の流れを見ると、空堀川からの水流は見られず、ほとんど右の柳瀬川から流れているようです。

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↑しかし、近づいてよく見て見ると、逆のようです。

空堀川の水が上から下の方へ回り込むようにして流れています。

むしろ柳瀬川の水がほとんどありません。

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↑柳瀬川の上流部を見るとようやく状況が理解できました。

奥から見た柳瀬川は右へと流れており、ある程度の水量を超えて越流堰のようなものを乗り越えた水だけが手前に流れ、空堀川と合流するようになっているのです。

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↑ここから下流の柳瀬川は従来通りの流れがあります。

となると、この大掛かりな工事は、なんか無駄な公共工事だったんでしょうか。

どういうことなのか、ちょっと様子を見て回りましょう。

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2016年5月15日 (日)

新所沢街道とは別の都道新東京所沢線という都市計画道路が東所沢につながる

前回見てきた、東所沢から東に向けて建設中の埼玉県道は、清瀬橋で小金井街道と合流するように見られます。

小金井街道は2車線ですから、それだけでは、4車線+2車線=2車線となってしまい、ここがボトルネックとなり、慢性的な渋滞が慢性的な渋滞が発生することとなります。

また、小金井街道は西武池袋線と踏切で交差していますから、これも心配です。

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↑しかし、当然考えてはあり、合流地点から先の柳瀬川の清瀬橋は、4車線の道路として既に架替えられています。

この橋梁工事では、新しい橋を川の流れの無かった、古い橋の西側にまず作り、後に、新しい橋の下に川の流路を変えるという、面白い手法を使っていました。

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↑よって、東側にあるこちらの旧清瀬橋は2車線ですが、既に水の流れはこの下にはありませんから、ここは簡単に拡幅でき4車線化できるでしょう。

さらに、東の東京都側を見ると、南東方向に向かう渋滞している小金井街道に対して、中里団地バス停の向こう側に、東の方向に向かう道路空間が確保されています。

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「東村山3・4・15の2号線」という都市計画道路で、ここから1530m先の新小金井街道までの区間は、東京都が国土交通省の事業認可を受けて、事業が進められています。

どこを通っているのか、どの程度、用地が確保されているのか、見に行ってみました。

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↑思っていた以上に、道路導入空間は更地になっています。

幅員は18mで2車線道路の計画です。

ここは清瀬市だというのに計画名が「東村山」というのも気になりますが、東村山市、東久留米市、清瀬市の都市計画は、一括して「東村山都市計画」となっているようです。

西東京市や武蔵野市や小平市は独立した都市計画なのに不思議なことです。

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↑名称は「東村山都市計画道路3・4・15の2号新東京所沢線」とあります。

所沢街道のバイパスのような名称ですが、以前に見ましたように、新所沢街道の方は東村山3・4・11号線として一部開通しており、現在も建設中で、所沢入間バイパスとつながるように計画されていますから、別々の計画が2つあるようです。

この看板の地図は位置がわかりづらいのですが、現地説明会パンフだと大まかな位置がわかります。

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ところで、埼玉県側から4車線と2車線の道路が、東京都側では2車線と2車線というのはどうなのでしょうか。

これは、この先の東京都側との接続次第という気はします。

新小金井街道(上の地図の東村山3・4・7)までの接続ということであれば、そんなに多くのニーズが無いでしょうけれど、少なくとも、この道は西武池袋線とは立体交差しています。

引き続き、現場を見てまわります。

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2016年5月 8日 (日)

見えてきた東所沢の東京狭山線の道路形状と意外と早い開通時期

入間川を渡り、狭山市から東所沢まで開通した4車線道路が、その東京都県境辺りでプッツリ途絶えてしまっている先には、大きな高低差があるところを2年半ほど前に見ました。

久しぶりにここを、都県境の清瀬橋の辺りから見てみると、結構工事が進んでいるようなので再び様子を見てみます。

東京狭山線の下安松工区です。

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↑東京都に近い東側は既に舗装されており、街渠ブロックも設置されています。

防音壁を設置するための柱と思われるものもあります。

現場事務所もありますので、工事の詳細を記したものがないかと探しましたが見つかりません。

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↑交通量が多く、正面から撮れなかったので見づらいですが、驚いたことに、「橋をつくっています」と書かれています。

確かに、ここには柳瀬川の清瀬橋がありますが、この架け替え工事は完了しているはずです。

工事現場を見てみます。

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ゴールデンウィーク中なので、大型重機がありますが動いてはいません。

高低差のある急斜面のゲレンデのようなところを見てみると、土留め壁なのでしょうか、鋼管杭が打ち込まれています。

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埼玉県HPにあったイメージ図を思い出すと、ここをトンネルにして通過させ、道路の高低差を解消しようとする計画のはずです。

橋梁形式に設計変更されたのでしょうか。

崖上の工事現場のほうに行けば、何かヒントがあるかもしれないので行ってみます。

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↑西側から未開通部分をみてみます。

少しだけ舗装されていますが、下り坂にしようとしているのはわかります。

周りが囲まれて、すっかり工事現場となっています。

この囲いの外側に詳しい工事の説明が貼られていました。

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