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2018年7月15日 (日)

60メートルもの高低差があるからこそ湧水も遠景も楽しめる桜ヶ丘公園

前回見た聖蹟桜ヶ丘駅の駅名の由来ともなっている場所である都立桜ヶ丘公園ですが、明治天皇のお野立所の辺りはやはり遠方の見渡せる景色のいいところです。

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北西方向をはるか遠くまで見ることができます。

案内板もあり、奥の方には東京都で一番高い山である雲取山があるようですが、ちょっとよくわかりませんでした。

この景色を見ても、ここから北西に向けて地面が大きく下がっていくことがわかります。

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↑改めて公園案内図を見てみると、等高線が書かれていて、かなりの高低差があることがわかります(クリックすると拡大します)。

ここや旧多摩聖蹟記念館のあるところは標高が140メートルくらいあり、公園内でも高い位置あります。

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↑下に降りて行こうとすると結構急斜面です。

♪行きはヨイヨイ帰りはコワイ♪という感じですが、ようやく下りきって低いところに到着です。

この辺りの一部敷地はなぜか都立桜が丘公園ではなく、多摩市立大谷戸公園となっています。

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↑唐突にキャンプ場のようなものがあるなあと思って見てみると、「大谷戸公園キャンプ練習場」と書かれていました。

多摩市が運営しており、かまどやテントスペース、キャンプファイヤースペースなどもあり、定員120名のキャンプの「練習」ができるところです。

練習というのが面白いです。

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↑案内図に水の流れが書かれていた湧水が流れているらしきところに、実際の水流は有りません。

下流側に行けば水があるかもしれないので行ってみました。

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2018年7月 8日 (日)

聖蹟桜ヶ丘駅の名前の由来になっていた桜ヶ丘公園にある多摩聖蹟記念館

京王線の聖蹟桜ヶ丘駅と聞いて、「聖」という文字からキリスト教関連の施設が近くにあるのかなと思っている人もいるのではないでしょうか。

聖蹟とは元は貴人などが訪れた史跡のことで、特に天皇の行幸、つまり訪問した土地のことを言います。

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↑「明治天皇御野立所跡の碑」があります。

お野立とは、移動中の貴人(主に天皇)が屋外で休憩した場所のことです。

1880年代に明治天皇が兎狩りと鮎漁で4回、この多摩市連光寺を訪れたといいます。

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↑都立桜ヶ丘公園の敷地内となっています。

桜ヶ丘は江戸時代から向ノ岡(連光寺付近)が桜の名所だったことから呼ばれているようです。

この公園内には「旧多摩聖蹟記念館」という建物があります。

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多摩市指定有形文化財となっています。

表側に回ると、柱が印象的な建物で、東京都による「特に景観上重要な歴史的建造物等」にも剪定されています。

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明治時代に建てられたのかと思いきや、明治天皇の行幸を記念して、昭和5年(1930年)に建てられたものです。

後世に業績をたたえることと、地域の観光開発の建てられた施設だそうです。

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中に入ることが出来るようなので行ってみました。

幕末から明治時代にかけて活躍した坂本龍馬や西郷隆盛、勝海舟らの関係の資料が展示されていました。

内部は撮影禁止だったので写真はありませんが、多摩市が管理運営しているようですが、建物設立の経緯からすると不思議にも感じられます。

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2018年7月 1日 (日)

負けたから白旗を揚げたのではない白旗塚のある小手指ヶ原古戦場跡と誓詞橋

小手指といえば、西武池袋線の行先としてよく見聞きする名前で、昭和45年(1970年)に小手指駅と車庫ができました。

小手指行きの電車が走り始めた時は、まだ子どもだったので「こてさし」とは読めずに何て読むのだろうと思っていました。

小手指というと、もう一つ歴史上有名なのが小手指ヶ原古戦場です。

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小手指駅からはだいぶ離れていて、国道463号線所沢入間バイパスの少し南側にあります。

小手指ヶ原は元弘3年(1333年)に鎌倉に攻め込むため目指す新田義貞軍とそれを迎え討つ鎌倉幕府軍が最初に衝突した古戦場と伝えられています。

↑ここには小手指ヶ原古戦場碑が建てられています。

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鎌倉街道が通っていたため、この辺りではこの一回だけでなくしばしば合戦が行われており、小手指ヶ原というはここだけでなく周辺一帯のことのようです。

↑碑の西に向けては、林の中のいい感じの小道があり、その60m程先には白旗塚があります。

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白旗というと、負けた時に掲げる旗というイメージがありますから、ここで敗戦した軍の話かと思ってしまいます。

しかし、白旗塚は新田義貞がこの塚上に源氏の旗印である白旗を掲げたということから名付けられています。

でも、新田義貞は鎌倉幕府を倒したのに源氏なのかという疑問が次に湧きました。

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調べてみると、新田義貞の正式名は源義貞と言うのだそうです。

確かに、当時の鎌倉幕府は源氏というより、執権である北条氏の幕府というものですから、幕府を攻める方が源氏でも構わないということでしょうか。

でも、やはり混乱します。

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↑塚の頂上には白旗塚碑とともに、石祠の浅間神社がありました。

塚が富士山みたいですから江戸時代以降の富士講の富士塚として、頂上に浅間神社が設けられているのでしょうか。

さらに、この周囲の様子を見てみます。

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2018年6月24日 (日)

国登録有形文化財がいくつもある石川酒造と大ケヤキと熊川分水と下の川の合流地点

玉川上水から分流した熊川分水の流れを、熊川神社から下流に辿ってみました。

しばらく道路沿いに見ることのできた流れは直角に曲がって見えなくなり、道路と民家の間というよりも民家の敷地内を流れているところがあります。

交通量の多い睦橋通りを渡ると、民家と民家の間を流れていきます。

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↑この背中越しの道の向こう側では、何やら蔵造りの建物の敷地内に熊川分水は流れていくようです。

こちらは「石川酒造」という造り酒屋で、文久3年(1863年)に創業したといいます。

ギリギリ江戸時代です。

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↑「新蔵」といい、明治30年(1897年)建築のもので、酒の熟成に使われている土蔵です。

国登録有形文化財になっています。

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↑さらに古い明治13年(1880年)建築の「本蔵」もあり、ここで日本酒「多満自慢」が醸造されています。

これも国登録有形文化財です。

手前には熊川分水の碑も見えます。

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↑ここ石川酒造では蔵見学も無料で出来るとのことですから、このような案内表示板もあります。

さらに古い建物もあるようです。

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↑「長屋門」という250年前の江戸時代の建築といいますから1770年頃でしょうか、石川家が造り酒屋を営む以前からのものだそうです。

こちらも当然に国登録有形文化財です。

ちょっと石川酒造の宣伝のようになってきたので、熊川分水の先に進みましょう。

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2018年6月17日 (日)

拝島段丘の上を流れる熊川分水と下を流れる下の川に咲いている水芭蕉みたいな花

熊川神社のすぐ横を流れている水路があり、熊川分水といいます。

何の分水なのかと言えば、玉川上水からの水を取り入れています。

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奥多摩街道と並行するように熊川地区の中心を流れ、福生南公園で下の川に流れ込んでいます。

4年半前に来た熊牛会館の近くにある料亭幸楽園の東側辺りから分水しています。

ちなみに「下の川」は一般名詞でなく川の名前です。

↓(クリックすると拡大します)

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全延長2000mで幅は1.2mと狭いですが、1日1000トンもの水が流れています。

承応3年(1791年)熊川分水の工事願いが提出されましたが、100年もの時間を経て様々な難しい問題を克服して、明治23年(1890年)にようやく完成しました。

工事期間中は延べ7000人余りの人が労働に従事しました。

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この辺りは多摩川から数百メートルしか離れていませんが、拝島崖線の上の拝島段丘に位置しており、水には困っていたようです。

↑熊川神社近くの、崖線の下に降りる坂を下ってみます。

確かに実際に段丘下に降りてみると、だいぶ高低差があることがわかります。

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ところで、よく車止めの上にちょこんと置いてあるモニュメントがありますが、ここのものは小鳥のようです。

なんとそれぞれに名前がついていました。

右から、スズリン、すずか、ビッグバード、スズラン、スメちゃん、パーチク、スズピー、花み。

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続いて、ムー、チェリー、ちゅんた、ハニー、チュロ、チュッチュ、スズちゃん、リュウくんです。

福生第五小学校と書かれていたので子供たちのネーミングなのでしょうけれど、いかにもスズメという名前が多い中、時々微妙なものもあるのが面白いです。

ここには「下の川緑地せせらぎ遊歩道公園」がありますから、少しみてみます。

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