フォト

ブログの記事

無料ブログはココログ

ランキングに参加しております。いずれかポチッとお願いします。

2017年12月10日 (日)

江戸時代から400年以上の歴史のあるホテルニューオータニの庭園にある高価な石や滝

ホテルニューオータニといえば、ホテル御三家の一つですが、広く立派な日本庭園があります。

ここに所用で行った際、宴会場フロアに日本庭園入口というのがあったので、ちょっと寄ってみました。

このホテルは広い上に高低差もあるところなので、北の上智大学側から入ると宴会場フロアは「ザ・メイン」の1階なのですが、そのまま歩いているといつのまにか、南の赤坂見附駅側の「ガーデンコート」や「ガーデンタワー」では5階となっています。

Img_6962_500x375

↑その宴会場フロアから庭園に出ると、まず大きな石があります。

「赤玉石」という佐渡島の金山より運ばれた庭石で、一番大きいものは重量22トンもあり、これは日本一の大きさです。

なんと砕くと金が出てくるという高価な石です。

Img_6963_500x375

そのすぐ先には枯山水の庭があります。

高級ホテルには庭園があるところは多くありますが、このホテルの敷地には江戸時代初期の徳川家康の時代には加藤清正の下屋敷があったところということです。

Img_6965_500x375

二代忠広の時代に加藤家が改易になり、この屋敷は幕末まで井伊家の中屋敷となりました。

あの大老井伊直弼が鎖国を止め日米修好通商条約を結んだことから、桜田門外の変で暗殺された井伊家です。

地名の紀尾井町は、紀伊徳川家、尾張徳川家、井伊家の屋敷があったから名付けられています。

Img_6966_500x375

↑池の中にあるのは「佐渡の化石」という江戸時代からの大木の化石だといいます。

加藤清正の時代から残っているもので、 木の根がそのまま化石になった珍しい石とのことです。

ということは、400年以上前からこの庭や池があるということになります。

庭園内には4個の化石があるといいます。

Img_6967_500x375

↑庭園にはいくつもの石があり、この池の傍らにも高そうな石があります。

「清泉池」という名のこの池の水は湧水のようで、元々は外濠の水源にもなっていたはずです。

池に架かる太鼓橋は朱色に塗られており、紅葉の季節には美しいものです。

» 続きを読む

2017年12月 3日 (日)

世界遺産になっている観自在王院跡、無量光院跡と世界遺産暫定リストには載っている柳之御所遺跡

平泉の世界遺産訪問の3つめは「観自在王院跡」ですが、毛越寺のすぐ隣にあり平泉駅からも徒歩で西へ7分ほどで行けるところです。

奥州藤原氏二代基衡の妻が建立した寺院跡で、ここにも極楽浄土を表現した庭園があります。

ここは無料で入れます。

Img_6912_500x375

毛越寺庭園と同様、平安時代に書かれた日本最古の庭園書『作庭記』の作法で作られているとのことです。

この池は舞鶴が池といい、中央には東西に長い中島があります。

Img_6913_500x375

水の色が毛越寺庭園とは違うので、イメージが違います。

北に向かって正面には金鶏山が見えるよう造られているといいます。

巨石を積み重ねた荒磯様の石組もあります。

Img_6916_500x375

観自在王院とは阿弥陀堂のことで、大阿弥陀堂と小阿弥陀堂がありましたが、天正元年(1573年)に焼失したといいます。

寺跡は東西約120m、南北約240mであったそうです。

Img_6917_500x375

↑この池への水の流れも鑓水となっているのかと遡ってみましたが、予想外にすぐ隣の毛越寺庭園の方から来ているようです。

この観自在王院跡も世界遺産であると同時に、特別史跡と名勝に指定されています。

毛越寺と違って、こちらは特別名勝ではないようです。

Img_6868_500x375

↑続いては、やはり世界遺産4つめの「無量光院跡」で、こちらは平泉駅から北へ徒歩10分ほどのところにあります。

奥州藤原氏三代秀衡が建立した寺院で、毛越寺の新院ということで新御堂(にいみどう)と号したといいます。

実は平泉に到着して、まず中尊寺に行き、次に巡回バス「るんるん」でこの無量光院跡に来たところ、観光客はいないし、池があるだけで何もないし、最初はちょっと戸惑いました。

Img_6869_500x375

↑しかし、池を見てみると済んだ水が太陽の光に輝いて、極楽浄土をイメージした浄土庭園とはこういうことなのかと納得できました。

10円玉でおなじみの京都宇治にある平等院鳳凰堂を模して、建物の向きや地形も平等院と同様に造られたようです。

当時の様子を描いた絵が案内板にあります。

» 続きを読む

2017年11月26日 (日)

特別史跡で特別名勝しかも世界遺産になっている毛越寺の庭園はまさに極楽浄土

奥州平泉では中尊寺が有名ですが、私が一番行きたいと思っていたのは毛越寺(モウツウジ)でした。

奥州藤原氏の二代基衡、三代秀衡によって大規模伽藍及び庭園が築かれました。

創建時の伽藍は消失してしまいましたが、往時には中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれています。

Img_6884_500x375

↑平泉駅から巡回バス「るんるん」だと一停留所で、徒歩でも10分ほどで山門に着きます。

ここからは拝観料が500円となります。

まずは正面にある新しく建てられた本堂に参拝しますが、その右に広がる浄土庭園も気になります。

Img_6887_500x375

浄土庭園とは仏堂と苑池とが一体として配された庭園で、まさに極楽浄土のイメージを人々に体感させるものです。

日本最古の作庭書「作庭記」の思想、技法を伝える貴重な庭園であり、800年以上経った今見ても見事なものです。

Img_6909_500x375

池は「大泉が池」といい、東西約180メートル、南北約90メートルあり、作庭当初の姿を伝えています。

池の中央部に勾玉状の中島があり、手前の南大門前から中島南まで反橋が、奥の金堂側から中島北までの斜橋が架かっていたそうです。

Img_6908_500x375

橋の四隅に据えられた橋挟石や南の反橋の橋杭は残存しています。

また直径27センチの大面取の橋杭二本は抜き取られて、宝物館に陳列されています。

これは橋の遺構としては、わが国最古のものだそうです。

Img_6889_500x375

↑池の西南には「築山」があり、約4メートルほどの高さで、水際から山頂近くまで大小各種の石を立て、海岸にせまる岩山の姿を造り出しています。

深い淵に臨む断崖の景観のようで、『作庭記』に記されている「枯山水の様」の実例と考えられているそうです。

Img_6896_500x375

↑池の東北側にある「遣水」は、池に水を引き入れるためと造られたものです。

毛越寺の遣水は平安時代の唯一の遺構で、全国的にも極めて珍しいものだといいます。

↓上流に向かって、あえて曲がった流れとなっています。

» 続きを読む

2017年11月19日 (日)

世界遺産である平泉中尊寺はさすがに観光客がいっぱいだが思った以上に急な登坂の先にある

平泉といえば、「仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として世界遺産に登録されています。

ここ岩手県平泉町に行くには、東北新幹線の一ノ関駅で東北本線に乗り換えて、2駅目が平泉駅です。

世界遺産を観光できるように駅前にいくつかのレンタサイクルがあり、3時間500円で借りられるようなので、これで巡るつもりで来ました。

しかし、非常に風の強い寒い日で、しかも休日は15分おきに巡回バス「るんるん」が走っていて、その一日フリー乗車券が400円ということなので、自転車ではなくバスに乗ることにしました。

Img_6839_500x375

↑中尊寺までは歩いて25分ほどの距離といいますが、巡回バスは遠回りをするので10分ほどかかり下車し、表参道としての月見坂を登っていきます。

外国人の団体観光客を含め、非常に数多くの方々が来ているのですが、びっくりするほどの急坂でした。

この杉並木は江戸時代に伊達藩により植えられたもので、道幅などの様子は平安時代の頃と変わっていないといいます。

Img_6843_500x375

↑急坂を上ると、弁慶堂がありますが、平泉というと源義経と弁慶の終焉の地としても有名です。

そういえば、入口山門の手前には大きな弁慶の墓もありました。

この弁慶堂は1826年(文政9年)に再建されたもので。正式には愛宕宮ですが堂内にある仁王立ちの弁慶像があることから弁慶堂と呼ばれているそうです。

この弁慶堂の辺りまで来ると、標高は中尊寺入口の34mから74mまで40mも高くなりいい景色が見られ、東物見とされています。

Img_6841_500x375

中尊寺は、12世紀初頭、平泉に拠点を構えた奥州藤原氏初代清衡によって大伽藍が造営されました。

奥州藤原氏滅亡後、仏堂の多くが失われましたが、金色堂、経蔵、金色堂覆堂など6件の国宝・重要文化財建造物のほか、全盛期の遺跡が良好な状態で保存されています。

さらに参道を登り薬師堂などを通り過ぎると、右側の表門をくぐると本堂があります。

Img_6846_500x375

↑この本堂はさほど古そうではないと見えますように、明治時代のものだそうです。

中尊寺は藤原清衡が建立したわけではなく、850年に慈覚大師円仁により開山されたものです。

藤原清衡が前九年・後三年の合戦で亡くなった命を平等に供養し、仏国土建設するためにに大きくされたものです。

仏国土というと聞きなれませんが、浄土というとわかりやすいでしょうか。

Img_6848_500x375

↑峯薬師堂で、こちらは目の御利益があるということなので、ここでは目のお守りを購入しました。

この池には天然記念物のモリアオガエルが生息しているそうです。

少し進むと、讃衡蔵があってここでは拝観券(800円)が販売されており、建物の中には中尊寺の数多くの国宝や重要文化財が展示されています。

Img_6849_500x375

この奥にいよいよ有名な中尊寺金色堂があります。

» 続きを読む

2017年11月12日 (日)

入間航空祭2017ではなかなか帰らない帰投見物人がロープで少しずつ追い出されるが、誘導路をバスで走れたからまあ良かった

前回に引き続き、入間航空祭2017の話です。

ブルーインパルスの展示飛行が終わり、F-15JとF-2が帰投してしまい15時になると、「全てのプログラムは終了しました。この他に本日帰投する航空機はありません。」とのアナウンスが流れました。

でも、帰らない人が大勢います。

Img_6807_500x375

混雑で展示されているヘリコプターを見ていなかったので、写真を撮ろうかと思いましたが、近づけないほどの人がいます。

↑期待通りというか、海上自衛隊の哨戒ヘリSH-60J(シーホーク)のジェットエンジン音が鳴り響き始めました。

飛び立つかと、さらに人の輪が広がっていきますが、このアイドリングが長いことは3年前の経験から知っています。

Img_6809_500x375

↑予想通り、15分ほど経ってから飛び立ちました。

このヘリは今年8月に青森沖で墜落したものと同型機なので、こんな間近だとちょっと不安感も感じちゃいます。

だからではありませんが、後方からだったのでいい写真は撮れませんでしたが、今日はこういうちょっと引いたスタンスですから構いません。

Img_6812_500x375

↑続いて陸上自衛隊の対戦車ヘリAH-1S(コブラ)も飛び立ちました。

これまでは陸自からは、観測ヘリOH-1(ニンジャ)や多用途ヘリUH-1J(ヒューイ)も来ていましたが、今回は1機だけのようです。

次に埼玉県警のヘリも飛び立ちます。

むさし、みつみね、さきたまの3機があるようですが、残念ながら名称はわかりませんでした。

Img_6818_500x375

見物客が多くいるため、派手な飛行で帰って行くへりが多いのですが、この埼玉県警ヘリはバックしながら上昇するという技を見せてくれました。

迷彩色の自衛隊ヘリに比べて、警察のヘリは色も派手できれいです。

時間としては15時半過ぎになりましたが、みんな帰らないので、自衛官の方が滑走路前の規制線のロープを少しずつ後退させていきます。

Img_6825_500x281

でも、航空自衛隊の輸送機C-130H(ハーキュリーズ)のエンジンが始動してプロペラが回り始めましたから、写真を撮る人が大勢いて帰ろうとしません。

そうした中でも規制線のロープはどんどん後ろに下げられていき、見物人もカメラを構えながら後退し、滑走路からは大分後退し少しずつ出口に向かって歩いていくことになっています。

↑そのため、C-130Hが滑走路の北側から離陸を始める時には、たまたまラッキーなことにロープ前の先頭に立っていました。

アメリカ空軍の軽輸送機C-12(ヒューロン)も手前の誘導路を北に向かっていきます。

Img_6827_500x281

↑ブルーインパルスが駐機している向こう側からC-130Hが飛び立っていきました。

アメリカ空軍のUH-1(ヒューイ)が飛び立とうと少し浮き上がりましたが、なかなか飛んで行きません。

どうしたのかと思っていると、

» 続きを読む

«入場者が減少傾向という入間航空祭2017に3年ぶりに行ってみれば逆に増加して客層も変化